Lamp in S.B.S.
ネット物書き音沼紗春の日記。 日常と、文章について。 時々、サイトの更新情報。
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昨日と京都
タイトルは誤変換である訳ですが。
昨日は突然眠ろうと思い至ってそれを実行したというわけなのですが。
なんというか、
「別にわたしは洗濯物の頂点に立ってもうれしくないんだ」
と言ってみたのだけれども、今さっきわたしが踏んだあの洗濯物の山の下にはわたしのかわいい青空のスリッパがいたわけで。
兄さんが洗濯物を持っていくに当たって出してくれた青空のスリッパはなんだかつぶれています。
青空のスリッパ、っていうと伝説の勇者の剣くらい強そうです。
なんというか、
「結局わたしは、『なにやってんの?』と聞かれたら『なにやってんだろうね』とそれはまあ極普通に答えるんだろうね」
と言ってみたのだけれども、別にだれも『何やってんの?』とは聞かないし。
聞いたとしてそう答えたらやっぱりその人はあの目をするんだと思う。
曖昧なものとかを、とても正確に、でも捻じ曲げて答えるというのを、どうやら他人は好かないらしい。
簡単に言えばあれだ。
「音沼さんは漫画読むの?」
「読むといえば読むのだけれども、例えばどんな漫画を読むかと聞かれると幅広いからどんなと答えていいか困るのかもしれない」
とか。
「こっちとこっち、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ?」
「どっちでもいいといわれると困るんだけれども」
「うん、困るのだろうとは思っていたけれども、でもわたしにはどっちがいいというのがないから、わたしも実は困っています」
とかそんな感じで。
必ずこの後の相手は、
『爬虫類館に行こう笑』『蛇がとぐろを巻いているんだ笑』『うけるー笑』
って談笑した後に本当に蛇がとぐろを巻いているのを見てかわすような目をするんです。
で、やっぱりこういうたとえをするとそういう目をするんだ。
簡単に言うと「笑うべきではないけれども失笑をしたくなるような哀れみつつなんかむちゃくちゃ困るなあ、1歩引き気味」みたいな感じの目です。
でもこれを言ってもきっとそういう目をするんです。
それはまあわたしに友人が少ない理由のひとつでもあるわけなのですが。
でも言葉遊びって楽しくないですか?
そんなわたしは「最近どう?」とかいう「どう?」みたいな質問が苦手です。
アスペルガー症候群の症状としても上げられるそうです。
受験の際にどんな前後だったかは忘れたのだけれども、「貴方にお母さんてどんな人?」
と聞かれて、そのときはもはや受験であることも忘れて考え続けました。
どんなってどんなだろう。
わたしにとって、わたしにとってはお母さんはお母さんで。○○って人で。
わたしにとっての母を気にするならじゃあ貴方にとってわたしのお母さんは何?
なんでもないに違いない。ならばわたしにとって母とは?
じゃあわたしも、なんでもないのかもしれない。
きっとこれは「優しくて、でも厳しい、いいお母さんだと思います」とか答えるべきなのかもしれない。
でも特に優しいとは思わないし厳しいとも思わない。
さらに言えばいいお母さんと思ったことは時々しかないわけで。
結局、「よくわかんないかな?」という向こうの質問に頷いて終わりました。
結局、正直な人間なんだよ。
「それ、おいしい?」
おいしいよ、おいしくないよ、って答えるべきなのは解っている。解っているんだよ。
でもわたしは、
「おいしいかおいしくないかといわれたらまあ美味しいのだろうけれども、それはわたしの主観においての話だから君が美味しいと感じるかどうかはわからないよ」
とか答えるに違いない。
きっとただ、話題を探してのことだから自分の主観を話せばいいだけなんだよ。
でもわたしは余計なことまで話したくなるらしいんだ。
「かとぅーん、って知ってる?」
だからきっと、こう聞かれた時もわたしは、
「つい最近そう読むことを知り、この世にそういうものが存在していることは知っているが、6人の男性だ、という程度しか知りません」
とでも答えたかったに違いない。でもわたしは無理をした。
ゆっくりゆっくり深呼吸をして。
「うん、名前は知らないけど知ってるよ」
「誰が好き?」
そしてやっぱりわたしは
「好きという程誰も知らないのだけれども、だれか一人を選べというのだったらわたしはとりあえず区別のつくあのスキンヘッドの少年を上げざるを得ないと思う。なぜならば彼以外わからないからだ」
とか答えたくなるのを我慢するんだ。
だからうーん、て答えられない振りして、相手の出方を待つ。
「わたしはね、田中が好き。わかる? あの坊主頭の」
「あ、うん、あの人だけわかる。一番好き」
1人しかいなければ、いつだってそのひとが一番なんだよ。
そう会話した彼女は実際のところやめた高校で話をしたことのある知人で。
実はまだ携帯電話のアドレス帳に彼女のアドレスは入っているのだけれども。
でもきっと彼女の携帯電話のわたしの名前は消されているのだろう。
「元気?」
そう聞かれて。
「元気なのだと自分では思うけれども他人がどう思うかはわからない」
とか答える音沼紗春こと 。
「そっか、元気ならいいや」
そうやって笑ってくれる少女が1人、わたしの頭の中にいる。
実在する人物ではあるのだけれども、実際に彼女がそういってくれたかは覚えがない。
というわけでこんなわたしとお友達になってください。
まわりくどくてなんか理屈くさくて突然訳のわからないことを言い出す。
こんなわたしとお友達になってくれる人を探しています。
わたしはお友達が欲しいのです。
死にたい、って言ったら
どうして、って言って
死にたいから、って言ったら
そうなんだ、って言って
死にたい、って言ったら
そっか、って一緒にいてくれる人が欲しい。
お友達が、ほしい、な。
待ち合わせしたら、姿を見つけて思わず口元に笑みが浮かぶような人。
おはよう、とかこんにちは、とか言ったら
おはよう、とかこんにちは、とか返してくれる
わたしの全く必要としていない必要をくれる君が好き。
わたしを過剰評価してほめたたえる君が好き。
わたしに幸せを願わせてくれる君が好き。
わたしと楽しくしてくれる君が好き。
わたしを見ている君が好き。
素敵な君が好き。
笑う君が好き。
どこかわたしの知らないところで笑っている、君が好き。
息を吸って、はいて。
息を吸って、はいて。
ふいー、と落ち着いて。
「どうやら世界は丸いらしい」
言ってからとりあえず、なにか書きたいな、と思いました。
昨日は突然眠ろうと思い至ってそれを実行したというわけなのですが。
なんというか、
「別にわたしは洗濯物の頂点に立ってもうれしくないんだ」
と言ってみたのだけれども、今さっきわたしが踏んだあの洗濯物の山の下にはわたしのかわいい青空のスリッパがいたわけで。
兄さんが洗濯物を持っていくに当たって出してくれた青空のスリッパはなんだかつぶれています。
青空のスリッパ、っていうと伝説の勇者の剣くらい強そうです。
なんというか、
「結局わたしは、『なにやってんの?』と聞かれたら『なにやってんだろうね』とそれはまあ極普通に答えるんだろうね」
と言ってみたのだけれども、別にだれも『何やってんの?』とは聞かないし。
聞いたとしてそう答えたらやっぱりその人はあの目をするんだと思う。
曖昧なものとかを、とても正確に、でも捻じ曲げて答えるというのを、どうやら他人は好かないらしい。
簡単に言えばあれだ。
「音沼さんは漫画読むの?」
「読むといえば読むのだけれども、例えばどんな漫画を読むかと聞かれると幅広いからどんなと答えていいか困るのかもしれない」
とか。
「こっちとこっち、どっちがいい?」
「どっちでもいいよ?」
「どっちでもいいといわれると困るんだけれども」
「うん、困るのだろうとは思っていたけれども、でもわたしにはどっちがいいというのがないから、わたしも実は困っています」
とかそんな感じで。
必ずこの後の相手は、
『爬虫類館に行こう笑』『蛇がとぐろを巻いているんだ笑』『うけるー笑』
って談笑した後に本当に蛇がとぐろを巻いているのを見てかわすような目をするんです。
で、やっぱりこういうたとえをするとそういう目をするんだ。
簡単に言うと「笑うべきではないけれども失笑をしたくなるような哀れみつつなんかむちゃくちゃ困るなあ、1歩引き気味」みたいな感じの目です。
でもこれを言ってもきっとそういう目をするんです。
それはまあわたしに友人が少ない理由のひとつでもあるわけなのですが。
でも言葉遊びって楽しくないですか?
そんなわたしは「最近どう?」とかいう「どう?」みたいな質問が苦手です。
アスペルガー症候群の症状としても上げられるそうです。
受験の際にどんな前後だったかは忘れたのだけれども、「貴方にお母さんてどんな人?」
と聞かれて、そのときはもはや受験であることも忘れて考え続けました。
どんなってどんなだろう。
わたしにとって、わたしにとってはお母さんはお母さんで。○○って人で。
わたしにとっての母を気にするならじゃあ貴方にとってわたしのお母さんは何?
なんでもないに違いない。ならばわたしにとって母とは?
じゃあわたしも、なんでもないのかもしれない。
きっとこれは「優しくて、でも厳しい、いいお母さんだと思います」とか答えるべきなのかもしれない。
でも特に優しいとは思わないし厳しいとも思わない。
さらに言えばいいお母さんと思ったことは時々しかないわけで。
結局、「よくわかんないかな?」という向こうの質問に頷いて終わりました。
結局、正直な人間なんだよ。
「それ、おいしい?」
おいしいよ、おいしくないよ、って答えるべきなのは解っている。解っているんだよ。
でもわたしは、
「おいしいかおいしくないかといわれたらまあ美味しいのだろうけれども、それはわたしの主観においての話だから君が美味しいと感じるかどうかはわからないよ」
とか答えるに違いない。
きっとただ、話題を探してのことだから自分の主観を話せばいいだけなんだよ。
でもわたしは余計なことまで話したくなるらしいんだ。
「かとぅーん、って知ってる?」
だからきっと、こう聞かれた時もわたしは、
「つい最近そう読むことを知り、この世にそういうものが存在していることは知っているが、6人の男性だ、という程度しか知りません」
とでも答えたかったに違いない。でもわたしは無理をした。
ゆっくりゆっくり深呼吸をして。
「うん、名前は知らないけど知ってるよ」
「誰が好き?」
そしてやっぱりわたしは
「好きという程誰も知らないのだけれども、だれか一人を選べというのだったらわたしはとりあえず区別のつくあのスキンヘッドの少年を上げざるを得ないと思う。なぜならば彼以外わからないからだ」
とか答えたくなるのを我慢するんだ。
だからうーん、て答えられない振りして、相手の出方を待つ。
「わたしはね、田中が好き。わかる? あの坊主頭の」
「あ、うん、あの人だけわかる。一番好き」
1人しかいなければ、いつだってそのひとが一番なんだよ。
そう会話した彼女は実際のところやめた高校で話をしたことのある知人で。
実はまだ携帯電話のアドレス帳に彼女のアドレスは入っているのだけれども。
でもきっと彼女の携帯電話のわたしの名前は消されているのだろう。
「元気?」
そう聞かれて。
「元気なのだと自分では思うけれども他人がどう思うかはわからない」
とか答える音沼紗春こと 。
「そっか、元気ならいいや」
そうやって笑ってくれる少女が1人、わたしの頭の中にいる。
実在する人物ではあるのだけれども、実際に彼女がそういってくれたかは覚えがない。
というわけでこんなわたしとお友達になってください。
まわりくどくてなんか理屈くさくて突然訳のわからないことを言い出す。
こんなわたしとお友達になってくれる人を探しています。
わたしはお友達が欲しいのです。
死にたい、って言ったら
どうして、って言って
死にたいから、って言ったら
そうなんだ、って言って
死にたい、って言ったら
そっか、って一緒にいてくれる人が欲しい。
お友達が、ほしい、な。
待ち合わせしたら、姿を見つけて思わず口元に笑みが浮かぶような人。
おはよう、とかこんにちは、とか言ったら
おはよう、とかこんにちは、とか返してくれる
わたしの全く必要としていない必要をくれる君が好き。
わたしを過剰評価してほめたたえる君が好き。
わたしに幸せを願わせてくれる君が好き。
わたしと楽しくしてくれる君が好き。
わたしを見ている君が好き。
素敵な君が好き。
笑う君が好き。
どこかわたしの知らないところで笑っている、君が好き。
息を吸って、はいて。
息を吸って、はいて。
ふいー、と落ち着いて。
「どうやら世界は丸いらしい」
言ってからとりあえず、なにか書きたいな、と思いました。
▼さらに
上から、零、電柱、ぴぴぷる兄さん、きえるさん、すきさん、秘密さん、秘密さん、
そして世界の全ての人
を示しているのは、君が好き、のくだり。
お箏行かなきゃなのですが行くのかしら。
兄さんごめんね、コメントのお返事また今度。
好きって言ってくれて嬉しいな、えへへ。
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